放射性物質拡散予測、またはシミュレーションの解釈を間違えるとデマのもと

4/4の読売新聞に「日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測」と題する記事が出ました。紙版にも同じものが出たようです。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20110404-OYT1T00603.htmLink

冒頭を引用すると
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東京電力福島第一原子力発電所の事故で、気象庁が同原発から出た放射性物質の拡散予測を連日行っているにもかかわらず、政府が公開していないことが4日、明らかになった。

ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開している。
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となっています。気象庁の話はあとで書きますが、問題はこの記事に付けられた図版です。これはドイツ気象庁の拡散予測の結果で、説明には

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ドイツ気象局による福島第一原発から出た放射性物質の拡散分布予測(日本時間4月5日午後9時を想定)。原発からの放出量は不明とした上で、色が濃いほど、濃度が濃い傾向にあるとしている(ドイツ気象局のホームページより
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と書かれています。この図を見るといかにも関東以西の太平洋側には、九州に至るまで放射性物質が大量に拡散したような印象を受けます。図の説明どおりなら、これが4/5午後9:00の予想だというわけです。

この記事がきっかけなのか、あるいはそれ以前からなのか、このドイツ気象庁の予測を取り上げて、「こんなに放射性物質が広がっている」という主張がネット上に多く見られました。不安に思ったかたも多いようです。

しかし、これはまったくの誤りです。実際、各地の放射線のレベルは毎日発表されており、東京では完全に平常時の値になっていますから、この説明は何かおかしいと気づくべきでしょう。

では、この図は何を表しているのか。幸い、元のドイツ気象庁のウェブサイトを日本語に翻訳しているかたがおられます。未読のかたは、以下の山本堪さんのサイトをどうぞ。

http://www.witheyesclosed.net/post/4169481471/dwd0329Link

これによれば、この図は「発電所からの仮想上の放出が天候条件によってどのように分布し希釈化されていくのか」を予測したものです。どうやら、朝6時に放 射性物質が放出されたとすれば、今後どのように広がるかという予測になっているようです(放出条件についてはあまりよくわかりません。たぶん朝6時なのだ ろうという程度で)。
読売新聞の説明では単に「原発からの放出量は不明とした上で」と書かれていて、これでは放出そのものはあったかのように勘違いしてしまいますが、そうではなく、「放出があったと仮定」なのですね。
ですから、これは現実の放射性物質の分布を表したものではありません。現実には放射線レベルは下がってきています。

これを野尻美保子さんなどとtwitterで議論していたところ、kamimariさんというかたから、実際にドイツ気象庁に問い合わせたというコメントをいただきました(4/5 11:11の@kamimariさんのツイート)。

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私も少し前にある雑誌記者の図のみのツイートが拡散されているのを見て、ドイツ気象庁にメールして確かめました。翌朝にはご説明の通りの内容の返事をしていただきました。シミュレーションという言葉の意味を勘違いしている方が多いんだと思います。
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これは「シミュレーションとは何か」について考えさせられるいい例題になっています。僕たちは計算機シミュレーションを研究道具に使っているので慣れてい ますが、そうでないかたには「現実とは違う計算機シミュレーション」という概念自体、なじみがないかもしれません。しかし、現実とは違うさまざまな設定で 計算機シミュレーションをするというのは、ごく普通のことです。どういう計算をするかは、何を知りたいかという目的によります。ドイツ気象庁は「仮に放射 性物質が放出されたとすれば、その後どうなるか」を知りたいからこの計算をしたわけです。実は日本の気象庁もIAEAの要請によって、同様のシミュレー ションをしています。

もうひとつ、この図で注意したいのは、色で表されている濃度が対数表示であることです。色が一段階変わるごとに濃度がひと桁(ひと桁の半分とかかもしれま せんが)ずつ変わる、つまり、色が薄くなると、その色で表現されている濃度は濃度は急激に小さくなるわけです。こういう対数表示は、濃度が低いところを詳 細に見るには適していますが、いっぽうで、一見すると実際よりもはるかにたくさんの放射性物質が拡散しているように思わせてしまいかねないという問題もあ ります。実際には中程度の色の部分でも「非常に薄まっている(considerably diluted)のです

というわけで、読売新聞の説明は不十分、というよりもミスリーディングで、これのために誤解が広まったようです。さて、読売新聞の記者はこれをどういうつ もりで書いたのか。本当に意味を知らなかったのか、あるいはわざとやったのか。単に説明不足では済まないように思いますが、どうでしょうか。

さて、気象庁の予測シミュレーションの結果も公表されました

http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/kokusai_eer.htmlLink

詳しくは説明を読んでいただきたいのですが、これはドイツ気象庁の計算と同様に「仮に放射性物質が放出されたとしたら」という仮定のもとでの計算です。説 明によるとIAEAの要請は「72時間にわたって1ベクレルの放射性物質が放出される」という仮定で計算することだそうです。たとえば、計算例として挙げ られている

http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/EER/eer_sample.pdfLink

を見ると、4/2の12時(たぶん世界標準時・・かな)から72時間にわたって放出が続いた場合が示されています。もちろん、これは現実に福島の原発から放出されているという意味ではありません。

日本の研究機関のシミュレーションがなかなか発表されないのは問題なのですが、だからといって外国のシミュレーションを見て「なんの目的で、どのように行 なったか」を調べもせずに「大変だ大変だ」と大騒ぎするのも、まずいでしょう。それは結局「デマ」以外のなにものでもありません。これをなんの注釈もなく 紹介したマスコミや「大変だ」と大騒ぎしたジャーナリストなどは、情報を読む能力がないだけでなく、「デマの発生源」にもなっているわけですから、反省し てもらいたいものです。訂正なり反省なりがない限り、僕ならその人たちの言うことを今後信じませんね。

なお、現状に即したSPEEDIというシミュレーションについては、改めて書くかもしれません

[追記]
あらゆるシミュレーションは「なんのために」「どういう条件で」がわからなけれぱ、意味がありません。シミュレーション結果を見る側も伝える側も、そこに注意するべきでしょう。
ついでですが、仮に現実の条件を使ったとしても、何日も先までのシミュレーションがどれくらい正しいかといえば、あまり期待しないほうがいいと思いますよ、個人的には。
現状は、毎日発表されている線量データに注目しているほうがいいと思います

[追記]
ドイツのシミュレーションの条件はわかりません。「ずっと出続けているとしてある日の6時以降の拡散を計算する」なのかなという気もします。どなたか、わかるかたがおられればご教示ください。どこかに技術的な詳細が出ているのだろうと思います。
また、もともと「どれだけ放出されたか」は考えていないので、あくまでも放出量を基準としたときの相対的な拡散量を計算したものです。だから、読売の「原 発からの放出量は不明とした上で」という説明が間違っているというわけではないのですが、それでもこの説明だけでは却って誤解をまねくでしょう。

[追記]
気象庁のシミュレーションを発表しなかった理由は、避難の役に立たない(目的が違う)からだということはわかりましたが、発表しないと勘ぐられるという面 もあるので難しいところです。きちんと説明をつけて発表すればよかったのではないかとは思います。SPEEDIも発表が遅れた理由はなんとなくわかります が、これもきちんと説明をつけて発表したほうがよかったのでしょう。

[追記]
気象庁のシミュレーションにはたくさんの注意書きがあるので、ぜひ読んでください。計算条件や計算精度について書いてあります。「100kmは誤差のうち」という点など。

[追記]
拡散シミュレーションについて、既に他のエントリーでコメントをいただいています。これもぜひお読みください

masudakoさん(3/21、早い!)
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1300643454#CID1300687196Link

げおさん(4/6)
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1301510533#CID1302022243Link

それから、野尻美保子さんのブログにも僕よりはるかに見識の高い内容が書かれているので、合わせて。

引用元: 放射性物質拡散予測、またはシミュレーションの解釈を間違えるとデマのもと.

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