?『お金で買える消耗品的な満足』の分岐点みたいのって5000円〜10000円ぐらいなのかなぁ。だいたい10万円〜100万円で手に入る満足1個より、5000円で買える満足20個〜200個のほうが、満足の総数が高い気がする。主観で。 ?費用対効果の高い幸せを追い求めると、人は効率よく幸せになれるのか?それともそのような状態を不幸と呼ぶ逆説的な何かになってしまうのか? ?@fladdict?『消耗品的』ってところは大きなポイントのような気がします ?『他人が自分を幸せだと考えてくれること』が、幸せの構成要件になってる人は、総じて幸せのコストパフォーマンスが悪い気がする。 ?@fladdict?僕はせいぜい5-10万円ぐらいしか費用対効果を考えることが出来ないです。ですので、車とか手に入れた時の満足度が想像できないので買うことが出来ないのかもしれません。少額の満足度を積み上げた方が満足度の実感が強いのかもしれません。 ?もうちょっとつっこんで考えてみる ?満足や幸せはは多分4種類あって、飲食物のような短期消費型幸せと、ゲーム機など長期型消費財と、技術や教養など満足を生産する能力を付与するものと、ファッションやブランドみたいな社会的地位の位相差みたいなところから幸せを組み上げるの感じなのかなぁ。 ?で、一つの幸せ分野を突き詰めると、幸せは深くなるけど、麻痺するというか慣れるというか、そんじょそこらのことじゃ満足できなくなって、不満足状態が長くなる多分、あと食い過ぎて糖尿とか、スポーツマンが人体破壊とか失うリスクや、失った時のリスクも増大するハイリスクハイリターン。多分 ?そうすると、多分よほどタフな人以外は求道的探求で幸せになれない。むしろ大多数は、そこそこのサイズの多様な満足でポートフォリオ組んでローテーション回す方が幸せになれそうだ。 ?そこそこ仕事して、それなりに社会や家族に認められて、そこそこ美味しいもの食べて読書して運動して習い事して恋して地域活動とかも参加しちゃったり、社会的知的動物的欲求をそこそこ全部みたするが、効率の良い幸せのなり方か。なんというリア充。 ?効率よく幸せになる方法がリア充とか、なにそれハードルがものすごく高い…… ?@fladdict?閾値設定の問題じゃないでしょうか。美味しいもの大好きだからステーキや高級フレンチでしか満足できない、という倍々ゲームじゃなくて、焼肉もいいけど、こだわったアンパン1つでも幸せ感じられる、という風に閾値を設定できれば、そこそこやっていけると思います。 ?@fladdict?むしろ幸せの絶対値を大きくしないと感覚が麻痺してしまう人は逆に不幸が続くのではないかと思います。何かを買ったり消費したりしなくても、日々の小さくて確かな幸せをきっちり楽しめるような心持ちが大切なんだと気づくかどうかではないかで人生が変わるんじゃないでしょうか。
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