「NASAが宇宙人を発見か?」と話題になった「宇宙生物学上の画期的な発見」とは,「リンの代わりにヒ素をDNA中に取り込む微生物が見つかった」というものでした.
詳しい解説記事を書く時間はないので,発見のポイントを一枚の画像にまとめてみました.世界的大ニュース(?)に合わせて,久しぶりの更新です.
A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus
「リンの代わりにヒ素を使って生育することができる細菌」
Science. Dec. 2, 2010.
発見のインパクト
これがなぜ大発見なのか,というと…
まずは背景知識.
- DNAは地球上に存在するほぼ全ての生物が基本的に持っている
- 遺伝情報を利用し,子孫に伝えるためにDNAが利用されている
- 生物の大部分は,水素(H),炭素(C),窒素(N),酸素(O),リン(P),硫黄(S)の6つの元素から出来ている*1
- DNAは,水素(H),炭素(C),窒素(N),酸素(O),リン(P)の5元素からなり,例外はなかった*2
- リン(P)とヒ素(As)は周期表で同じ15族(列)に属し,似た化学的性質を持っている
そして,「DNA中のリンがヒ素に置き換わっている」とは
- こんな重要なDNAを,HCNOP以外の元素でも作れるかもしれない
- 生物を形作る基本6元素を置き換えることができるかも
- もしかしたら,生物の基本的構成単位にリンではない元素を利用する生物が,宇宙にいるかも
- もしかしたら,↑みたいな生物が,昔の地球にはいたのかも
- そもそも,生物にとって毒性が強いヒ素を単に利用しているというだけでなく,DNAの中に取り込んでいるとは!
という驚きを秘めています.
「これってすごいの?」と思われる方は多いと思いますが,生物学者的にはびっくりです.なぜなら,DNAほど生き物が共通して使っているものはないからです.それほど重要で,だからこそ例外の少ないDNAについて,骨格部分がリンではなくヒ素に置き換わっている生物がいるとは,大発見だと思います.
今回の発見について,これからの展開としては
- どうして,リン酸エステル結合よりずっと不安定なヒ酸エステル結合を使えるのか?
- どこまでリンの代わりにヒ素を利用しているのか?(DNAだけでなく,RNAや代謝系も?)
- こういった微生物は他にもいるのか?(近くの環境で見つからないか)
- どうしてヒ素を利用するのか?(リンを使う生き物から変化したのか,否か)
- ヒ素で汚染された土壌の浄化など,応用に使えないか?
といったことが期待されます.
さらには
- 進化の過程で,どうやってDNAが生まれ,生物が利用するようになったのか?
- 生物にはどれくらいのバリエーションが許されるのか?(特に生体分子の元素利用に関して)
- 宇宙空間における生命の探索空間はどれほど広がるのか?
といった,より面白い&難しい問題にもつながっていくと思います.
そもそもどんな研究をしたのか?
時間がないくせに,ちょっとした論文解説も書いてみました.今回は,論文の流れをポイントだけまとめてみました.抜けが多数ありますが,ご容赦ください.
- カリフォルニアにあるモノ湖(塩湖,水中のヒ素濃度が非常に高い)からGFAJ-1と呼ばれる微生物を発見した
- GFAJ-1を,リンを全く含まず,代わりにヒ素を含む人工培地(+As/-P)で培養することに成功した
- ヒ素ではなくリンを含む培地(-As/+P)で培養することもでき,この方が生育速度は早かった*3
- 先の人工培地からヒ素を除く(-As/-P)と生育できないことから,わずかに混入しているリンでは生育には不十分だと分かり,ヒ素が生育に使われている可能性が高まった
- +As/-P培地で培養したGFAJ-1は,ヒ素をリンの7.3倍含んでいた(リンを含む培地で培養すると,ヒ素はリンの0.002倍しか取り込まれない)
- 質量分析から,+As/-P培地で培養したGFAJ-1に含まれるリンの量では,DNAのリン酸骨格を維持できない
- NanoSIMS*4を用いた同位体分析により,+As/-P培地で培養したGFAJ-1から抽出したDNAには,ヒ素が多く含まれることが分かった
- 放射光施設でのX線実験(XANESとXAFS*5)により,GFAJ-1に含まれるヒ素を分析した.
- XANESの結果から,GFAJ-1に含まれるヒ素は,酸化数+3のヒ素(As(III))ではなく,酸化数+5(As(V))であることが分かった
- これは,ヒ素がリン酸(PO_4^3-)と同様にヒ酸(AsO_4^3-)になっている可能性が高いことを示している
- XAFSの結果からGFAJ-1に含まれるヒ素は,酸素と結合し,リン酸の代わりにDNA骨格に取り込まれている可能性が高いことが判明した
- GFAJ-1細胞全体をNanoSIMSで観察した結果からも,GFAJ-1の細胞内にはPではなくAsが大量に含まれていた
- 以上の結果をまとめると,+As/-P培地で培養したGFAJ-1に含まれるヒ素は,酸化数+5の状態で,As-O-C(ヒ素-酸素-炭素)の共有結合で結ばれた状態として,細胞内の生体分子に含まれている
ここからは私の個人的な感想ですが,おそらくこのGFAJ-1は,リンも十分に利用出来る環境ではリンを使い,ヒ素しかない環境ではリンの代わりにヒ素を使うこともできるという微生物なのでしょう.DNAのリン酸骨格がヒ素に置き換わっているとは,本当に驚きです.DNAの骨格に利用されているということは,代謝系なども,例えばATP(アデノシン三リン酸)ではなくATAs(アデノシン三ヒ酸)となっているのではないかと考えられます.
「生物はどうやって生まれたのか?」「生物はどうして,今ある生物の姿となったのか?」これが生物学の本質的な問いだと思います.しかしながら,全てに共通して利用されているシステムは,システム完成以前の情報が何も残されていないために,それを想像するのも難しい状況です.DNAにリンではなくヒ素を利用する生物の発見は,DNAによる遺伝情報システムがどうやって生まれ,今の形となったのか,そして生物の拡張性(進化の余地)がどれだけあるのかを探る上で,とても重要な意義を持っていると思います.
補足
ヒ素が生物にとって毒性を持つのは,ヒ素がリンに似ているために,誤って取り込まれることが原因(らしい).特に大きな影響を及ぼすのは,エネルギー産生系における酸化的リン酸化酵素反応の競合阻害だそうです.
リンは共有結合半径106 pm,ファンデルワールス半径180 pm.
ヒ素は共有結合半径119 pm,ファンデルワールス半径185 pm.
両者とも電気陰性度*6が2.2程度で,非常に似た物理化学的性質を持っています.この類似がヒ素の毒性にもなるし(リンとの競合阻害),DNAのリン置換可能な理由にもなるわけです.
*1:例えば,カルシウム(Ca)やカリウム(K)といった無機物も生物に必須であり,量もリンよりは多い.しかし,これらの元素はイオンとして溶液中に含まれているものが大半で,生体分子(特に高分子)の基本的な構成要素とは言えない.
*2:タンパク質は,基本的に水素,炭素,窒素,酸素,硫黄からできている.修飾によってリンを含むこともある.
*3:ヒ素がないと生きていけない生物ではなく,リンもヒ素も,どちらも利用出来るということ.
*4:High-resolution secondary ion mass spectrometry.極微小領域における同位体存在比が分かる.
*5:X線吸収微細構造.X線の吸収スペクトルから試料中の成分や,その化学的状態を分析することができる.和歌山ヒ素カレー事件でのヒ素の科学鑑定にも利用された.wikipedia:エックス線吸収微細構造
*6:ポーリングの式による
引用元: <速報>リンの代わりにヒ素をDNA中に取り込む微生物が見つかった – I’m not a scientist..
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