「背が高いほうが優位」という競争において、石を使って「ごまかし」をするアリ
「戦争に関していうと、アリという種は、他の動物よりも人間に近い」と語るのは、生態学者で写真ジャーナリストのMark Moffett氏だ。「人口が爆発的に急増した社会が、大規模で激しい、戦術的な戦争に向かう。そういった戦争は、労働力が余っている共同体しか行なえな い」
Moffett氏は、ナイジェリアや米国カリフォルニア州など世界各地において、アリの行動を写真記録し、分析してきた。その著作『Adventures Among Ants』において同氏は、アリと人間が闘いにおいてどのように似ているかを、詳しい写真と共に解説している。
アリのコロニーには、人間のコミュニティーとの類似点がある。厳格に定義された社会秩序から、死にまつわる儀式、不道徳な行動や裏切り行為に対する厳罰にいたるまで、前もって具体的に決められている。
アリには複雑な社会があり、そこには厳格な分業体制と、食餌、生殖、集団での戦闘について規定した深く根付いた慣習が存在する。アリの巨大な集団と、有名な昆虫学者のE.O. Wilson氏が書いているような「目的と社会機構の統一」を考えれば、アリも正真正銘の戦闘の達人だとしても驚くことではない。
アリの戦争は野蛮で奇妙なように見えるかもしれないが、人間たちも同様の闘いを行なってきた長い歴史があることに、読者も気がつくことだろう。
- ローマ軍のような軍隊アリ
- 「軍隊アリ」は、南北アメリカ大陸だけでおよそ130種が確認されている。[軍隊アリは熱帯雨林地域に生息する。日本には、ヒメサスライアリ属のヒメサスライアリとチャイロヒメサスライアリの2種が西表島に生息している]
軍隊アリの行動形態は、ローマの軍隊と非常によく似ている。つまり、巨大な共同戦線として移動し、意外性に頼る。可能な限り集団の数を増やして、敵の制圧を目的とした素早い一斉攻撃を仕掛けるのだ。
[グンタイアリは幼虫の育成期に激しい狩りを行ない、周辺がアリで埋め尽くされるほどの数の隊列を組み、時速1キロメートルほどのスピードで行軍する。隊列の長さは20メートルにも及ぶ場合がある。
狩りの対象は、行軍途中に発見した昆虫や爬虫類・鳥類などが主だが、つながれていたり、病気で動けないような場合には牛や馬など大型動物も食い殺すことがある。ただし、日本の西表島にいるものも含むヒメサスライアリ亜科はアリ専食で、噛む力は弱い]
- ランチェスターの法則、第1部
- 軍隊アリたちは、ちょうど、第一次世界大戦中にフレデリック・ランチェスターによって考案された軍事作戦における方程式のように、軍の力量 ではなく、軍隊の規模と戦術的配置に重点を置くことによって戦闘を行なう。つまり、「コストが安い兵隊」が前線に行くのだ。つまり、最初に戦闘を行なうア リは、小さくて弱いアリや、年を取ったアリたちだという。
マレーシアの襲撃アリを写した上の写真では、複数の弱いアリたちが、黒いハサミのようなあごを持つ巨大な敵のシロアリによって、体を真っ二つに切断されている。
一部の軍隊アリでは、
[フレデリック・ランチェスターは、イギリスの自動車工学・航空工学のエンジニア。1914年に勃発した第一次世界大戦に際し、オペレーションズ・リサーチにおける戦闘の数理モデルを発表した。これは後に「競争の法則」と呼ばれる「ランチェスターの法則」となった。ランチェスターの法則は、日本では軍事より経営論として有名。
強者のとるべき戦略は追随戦略で、敵と性能が同じ武器を持ち、広い戦場で、多対一で戦い、遠隔戦を行ない、力を総動員して圧倒すること。弱者のとるべき戦略は、狭い戦場で、接近戦・一対一の戦闘にもって行くことなど]
- ネットワーク化された「超個体」
- 軍隊アリの巨大な部隊は、戦略的な隊列を組む。まずは、幅およそ30メートルにも及ぶ密集した大群で進む、数百万匹もの特攻部隊が、敵の自由を奪い、その後、「キラー」数匹が敵を攻撃して仕留めるのだ。
「キラー」の巨大な頭部には、敵の内臓を食いちぎることができる筋肉が備わっている。「とどめの一撃」とも呼ばれる動きの中で、「キラー」がようやく前線の後部から進み出て、敵のシロアリを仕留めるのだ。
Moffett氏によれば、アリは個体でなく「超個体」として闘う。その有り様は、最も愛国的な人間も比肩することはできない。共同体のために喜んで死ぬが、その様子は非常にプラグマティック[実際的・実用本位]だ。「友人」を気遣い、そのために死ぬというわけではない。
また、その闘い方は、中枢から命令が出るわけではないが精妙に組織的なものだ。人間でいえば、サイバー戦争やテロリストの闘い方に近い。ヒエラルキー的ではない、ネットワーク化された大量のグループが、「ゆるい結びつきの」戦略的なチームワークで稼働するのだ。
[グンタイアリで は、そのままでは進めないような場所でも大量のアリが集まって抱きつきあうことで即席の橋や梯子をつくり、強引に行軍することで知られる。目が退化してい るため、ほとんど盲目であろうとされ、振動と匂いで獲物を探す。一糸乱れず行軍できるのは前線のアリの残したフェロモンをたどっているため]
- 陣地の争奪戦
- 現在カリフォルニア州では、2種類のアリ――アルゼンチンアリとヒアリ――が、およそ42万平方キロを巡る争奪戦の準備を整えている。
アルゼンチンアリは、少数の種を追いやってカリフォルニアに定着し、数百万の巨大コロニーを作り上げてきた。一方、これまで米国の南東部に広がっていたヒアリも、(おみやげの植物の移動などと共に)現在少しずつ西海岸でその数を増やしている。
Moffett氏は、「アルゼンチンアリは、そのもともとの生息環境では戦闘の風潮が高まると木に戻る。毎回戦線をやり直す必要があったため、時間とともに、どうすれば戦わないですむかを忘れるようプログラムされるようになった」と述べている。
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