わかるけどわかるわけにはいかない

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文章力とは、この世を生きる力であるという記事が話題になっていた。
「誰も教えてくれない人を動かす文章術」という本の紹介なのだが、この記事の内容はこれは一つの真実だろう。

一般論や正論は、書き手側は気持ちよいのですが、読む側は「そんなの当たり前」と感じてしまうのです。

文章力とは、この世を生きる力である

極論やレアケースは非常に印象に残るし、当事者の経験談は非常に参考になる。
多くの人が読んでくれる文章とはこうしたものだ。
僕も書評や感想文を読むときにはそういう文章を好む。

世に知られている事件は大抵レアケース

人がセンセーショナルな話題を好むというのは、文章以外でも当てはまる。
メディアで放送され、話題になっている事件というのは大抵印象的なレアケースだ。
例えば、自殺問題。
日本ではここ最近年間三万人以上自殺者が出ているが、その内報道されているのはどれくらいだろうか?
毎日新聞電子版で「自殺」をキーに見出し検索してみたところ、HITした件数は以下のとおりだった。

2007 407
2006 384
2005 255
2004 197
2003 197
2002 275
2001 216
2000 278
1999 266
1998 266
1998 352
1997 201
1996 266
1995 210
1994 239
1993 98
1992 105
1991 150

数字に自殺未遂事件が含まれること、個別の事件ではなく自殺問題そのものを扱った記事があること、重大事件は何度も報道されることを考えると、毎日新聞で報道された自殺者は全体の1%以下に過ぎない。
新聞を一つしか読まない人の場合、99%以上の自殺者のことを知らないまま、自殺問題のイメージを固めてしまいがちだ。
しかも報道された事件は「すべての自殺者からランダム」に選ばれたものではなく、ニュースバリューという価値によって選別されたものであり、大抵の場合、一般的なケースとは異なる要素を持っているのだ。
サンプルとしての偏りが非常に大きい。
これらの事件を元に一般的な自殺問題を考えると、間違った結論を下す可能性が非常に高いのではないだろうか。

これは他のニュースにも言えるし、ネットの噂話のたぐいでもいえる。
大抵の読者は当たり前のことなど求めてなく、レアケースを好む。
結果、極端な例ばかりが話題にのぼることになる。
このことを考慮し忘れると、偏った判断をしてしまう。

社会問題を論じるときには

ネット上である特定の事件が話題になっているとき、「それはレアケースの可能性がある」と指摘することには意味があると僕は考える。
多くの人が関心を寄せるセンセーショナルな問題は、特殊事例である可能性が高く、特殊事例を元に下された判断は「一般的な」当事者にとって無茶な要求となりがちだからだ。
無茶な要求をする人が多ければ、当事者は本当に無茶なことをしかねないし、その結果命を落とすこともある。

その文章術が有効であっても、使って良い場面と行けない場面があると僕は考える。
従って僕は、たとえ人気ブログになれなかったとしても、この文章術とは逆の方法を進みたい。
そして、他の社会問題を扱うブログでもこの文章術を使わないで欲しいと思っている。

まとめ

  • この文章術は有効な可能性が高い。
  • だが、それで作られた文章は現実から乖離したものになりがち。
  • 社会問題では使わないほうが良いテクニック。
  • 何かの事件を元に社会問題を考えるときには、それが一般例ではなく特殊例である可能性を常に考慮したほうが良い
  • 少数の極端な例を元に判断を下すことは危険。

引用元: わかるけどわかるわけにはいかない – ネットの海の漂流者.

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